日本の伝統や歴史と共に歩み、書物の中でも度々登場する和菓子。
創業以来、長くお客様に支持され続けた和菓子屋は日本全国に多く点在します。
一般的には、和菓子屋は城下町に多く存在したと言われています。
今よりももっと甘味が貴重であった時代、和菓子は大名や城主などに参拝する時に献上された、手土産として利用されたという背景があります。
また、城下町は人口密集度が高く、商いも盛んだったためにお菓子の需要が高かったという点もあります。
城下町で藩、大名などの御用達であった和菓子は、その知名度やイメージを利用し、今日まで地域の人々に支持され、ご愛顧されているお店も多数存在します。
そんな流れの中、和菓子屋は他の食品と比べて創業以来数百年の歴史を持つお店も少なくありません。
最も古い和菓子屋さんでは、平安時代の1000年に創業されたといわれている京都の「一文字屋和輔」というあぶり餅のお店があります。
また、「創業○○年」と記載されていても、その和菓子屋が必ずしも当時から続いているわけではありません。
途中に倒産したり、戦争により休業・廃業して後に復興を遂げた企業も多く存在します。
反対に、創業当初は庄屋や反物などを販売していましたが、時代の流れにより途中から和菓子を販売しだしたお店も多数存在します。
古くから続く和菓子屋は、実は一貫してお菓子を作り続けていた店舗だけではなく、時代の浮き沈みに会いながら、文字通り手を変え品を変えて今日に至るお店があるのです。
そんな流れ故、京都や奈良など歴史ある地域では創業数百年を誇る企業・お菓子屋が少なくありません。
また、カステラにおいては、長崎発祥のお菓子であり、地域の伝統的なお土産品という特性上、カステラ御三家である「福砂屋(1624年)」「文明堂(1900年)」「松翁軒(1681年)」に代表されるように、長い歴史を持つ和菓子屋が多数存在します。
特に福砂屋は創業から400年の歴史を持つ、日本の和菓子屋の中でも古い部類属する老舗企業です。
そのような長崎の老舗カステラ屋と比較して、当社カステラ銀装はまだまだ歴史は浅いですが、大阪・心斎橋で創業し、今年で創業73周年を迎えました。
※創業当時の銀装羽衣工場
元々当社は、1952年の創業以来、看板商品の「カステ21青箱」に代表されるように
「21世紀のお菓子を作る」事をモットーとして経営してきました。
創業当時は、歴史ある老舗のカステラ屋とは違う、新しい商品や形態、味や価格などを提案し、新進気鋭のカステラ屋としてスタートしました。
多くのお客様に愛され、本日まで続けてこれたおかげで73年の歴史を歩むことができ、結果現在は「老舗のカステラ屋」という評価を頂いております。
しかし、時代は流れて、今度は我々が老舗のカステラ屋として、新進気鋭の新しいカステラ屋と競争していかなくてはならなくなりました。
新たな時代に向けて、これまでの歴史・伝統を大切にしながら
未来に向けての企業姿勢・お菓子作り・サービスの提供が求められています。
〈まとめ〉
①日本にはたくさんの歴史ある和菓子屋が存在し、多くは城下町の発展と共に歩んできた。
②古くから創業して現在まで続いている和菓子屋も、必ずしも一貫して和菓子を作り続けていたわけでは無い。
③いつの時代でも、老舗企業は新進気鋭の新しい企業との競争となり、その新しい企業も、年月が経つにつれて老舗となり、また新しい企業との競争に晒されていく。